はじめに
日本では現在全国で500万人以上の糖尿病患者がいると推定されています。糖尿病は全身に及ぶ合併症を引き起こす怖い病気です。特に「三大合併症」と言われる「網膜症」「腎症」「神経障害」は、発症頻度も高く、重大な慢性疾患です。
我が国の失明原因のトップでもある網膜症は、その症状が自覚されないうちに進行し、自覚症状が現れたときには既に失明の危機にひんした状態であることがほとんどです。重症な糖尿病性網膜症になって失明したり失明の危機に迫っている患者は、全糖尿病患者のうち20%くらいと推定されています。
糖尿病にかかってすぐに網膜症になるわけではありませんので、血糖コントロールをしっかりとすれば糖尿病性網膜症が出てくるのを予防することもできます。こうした状態を避けるためにも糖尿病と網膜症に関する知識を十分知ることが大切です。それと同時に早期発見、早期治療が失明防止につながりますので、年に1~2回は眼底検査を受けると良いでしょう。
●糖尿病性網膜症ってどんな病気?
目の奥には網膜というカメラのフィルムにあたる膜があり、ここには多くの毛細血管が分布しています。糖尿病患者の血液は糖分を多く含み粘性が高いため、毛細血管を詰まらせたり、血管壁に負担をかけたりします。そのために網膜に必要な酸素や栄養が不足し、眼底出血や硝子体出血などの症状を示す「網膜症」となります。網膜症は進行過程にしたがって「単純型糖尿病性網膜症」「前増殖型糖尿病性網膜症」「増殖型糖尿病性網膜症」の3段階に分けられます。
1.単純型糖尿病性網膜症
これは糖尿病によって網膜の毛細血管が傷害されることから始まります。この時点ではまだ自覚症状は全くありません。毛細血管が障害されると網膜に小さな点状出血や、やや大きめの斑状出血が起こったり、毛細血管が膨らんでできる毛細血管瘤などが眼底所見として見えます。
また、血管中の水分や脂肪が漏れて出て網膜が水でふやけた状態(浮腫)が見られることもあります。この状態が長く続くと栄養障害を起こして網膜は次第に死んでゆきます。血糖値のコントロール状態により進行の具合は異なりますが、一般に初期の間は網膜症の進行は遅く、数年~10年以上もかかって徐々に進行し、後期になると急速に視力が悪くなるものが増えてきます。
2.前増殖型糖尿病性網膜症
この時期には、脂肪が沈着してできた硬性白斑や血管が詰まってできた綿花状白斑というシミが多くなり、血管が詰まって酸素欠乏になった部分があちこちに出てくるようになると、新生血管が出てくる前段階になります。この段階でも自覚症状はほとんどなく、視力にはあまり影響がありませんが、危険な状態の一歩手前になります。
静脈が異常に腫れ上がったり、毛細血管の形が不規則になるため、正確な網膜の状態をつかむために、蛍光眼底血管撮影をすることがあります。これは、腕の静脈に蛍光色素を注射してから眼底写真を撮る検査で、血管だけが浮き彫りになって写りますから、血管の弱い部分やつまった所、新生血管などがよくわかります。
3.増殖型糖尿病性網膜症
これは網膜上や視神経乳頭上に新生血管が生えることから始まります。新生血管は1本でも出現すると急速に数が増えてゆきます。新生血管は正常な血管とは異なって弱いので、血液中の蛋白やフィブリ ンが多量に漏れ出て、新生血管の周りに繊維組織を作ります。やがては硝子体出血、増殖膜、網膜剥離という重症な段階へと入っていきます。軽度から高度の視力低下、ときに失明に至る場合もあります。
これら三段階がどのくらいのスピードで進むかは、人によって違います。一般に、血糖のコントロールがきちんとできている人は進行が遅く、最終末期の状態にまで至らずに、途中で進行が止まり安定することも多くあります。概して比較的若い人(40~50歳以下)は進行が速いので注意が必要です。
●どんな治療をするの?
内科的な血糖のコントロールが治療の第一です。それと共に止血剤や血管拡張剤などの内服薬を投与して、経過観察を行います。最終末期の状態になる前の、有効な治療法はレーザー光凝固です。レーザー光線で眼底の悪い部分を焼く手術を、レーザー光凝固といいますが、これは新生血管が出てくるのを予防したり、既に出てしまった新生血管を焼きつぶして出血するのを予防する治療です。
レーザー治療は、早い時期であれば80%に有効で、時期が遅くなると有効率は50%~60%に低下します。この治療は予防治療なので、レーザー治療を受けたからといって視力が良くなることはありません。時には汎網膜光凝固術という方法で行うこともあります。
この方法を行うと中心部は見えますが周辺部が見えなくなり、また暗い所では物が見えにくくなって不便になります。色々と不便になりますが、視力を少しでも保存するためには、やむを得ない大切な治療なのです。
次に繊維が形成された以後の治療ですが、一度形成された繊維は消失しないため、病状の進んだものには光凝固では進行を止めることができない場合があります。硝子体剥離が進行して、網膜剥離や大出血を起こしてくる危険のある場合には、硝子体を切除したり形成された繊維を取り除いたりする硝子体手術を行うことがあります。
これは大変細かい操作を必要とする手術で、様々な装置と顕微鏡を使って手術を進めます。この手術の成績は年々向上しており、多くの病院でほぼ80%の成功率をあげています。
しかし、硝子体手術は合併症の多い手術で、時には結果の悪い事もあります。成功率に大きな影響を及ぼすのは、やはり早期治療です。病状が比較的軽い段階で手術をすると、成功率が高く視力も改善されますが、ひどくなってから手術をした場合には、成功率も60%にまで下がってしまい、視力も0.1以下の何とか自分のことは自分でできる程度の視力にとどまることが多くあります。
このような手術を受ける事態にならないように、早めの検査、治療が重要です。
●糖尿病によるその他の眼の合併症
糖尿病による眼の合併症には、「糖尿病性白内障」「新生血管緑内障」「眼筋麻痺」などがあります。水晶体が濁る糖尿病性白内障は、老人性白内障と比べると進行スピードが速いのが特徴です。新生血管緑内障は一般にいう緑内障とは違い、虹彩という場所に新生血管という正常では存在しない血管が出てくることにより、眼圧が高くなり視神経が圧迫されて起こる緑内障です。
眼筋麻痺は様々な原因によって起こりますが、糖尿病が原因の場合には全身状態の変調による場合が多く、全身状態が良くなれば大抵の場合回復します。但し、神経を養っている血管がつまったり、破れた場合には回復する見込みはほとんどありません。
糖尿病は働き盛りの年代に発症しやすい病気ですが、糖尿病性網膜症に限らず、全身の様々な場所に多くの障害を引き起こす怖い病気です。症状が出てからでは遅い場合がほとんどなので、糖尿病と診断されたら症状があるなしにかかわらず、定期的に検査を受けることが大切です。 |